はまぞう › 浜松凧揚祭研究会

2012年05月16日

あれは幻か?

こんばんは。



 凧が終わって日常生活に戻る・・・ということは、とりもなおさず不健康な生活に戻る・・・という現実を思い知らされております。



 思い出したのですが、私、5月1日に静岡新聞の取材を受けておりました。電話で、ですが。


 お電話をくれたのは、昨年の「中止を考える会」の折に取材していただいた静岡新聞浜松総局の記者さんでした。



Q.昨年の中止を経て、新組織になった点について、いかがですか?

というので、2種類のコメントを。

A.(辛口のコメント)・・・省略。(甘口のコメント)・・・例えば交通規制の問題について、今までほとんど明かされなかった関係機関など外部とのやりとりが披露されたりした点。組織委員会や企画統制監理部と問題を共有できるのは大事なこと、組織委員会や企画統制監理部だけで決めるのではなく、もっと問題を各組に投げかけるべきだ。

というような回答をしたような。


Q.今年は、昨年がなかった分、力が入りますね?

といわれてもね。ウケのいい回答としては、そりゃもう2年分ですから元気200%で臨みますよ!!などといえばいいのでしょうが。

A.みなさんそう言うけどね、昨年が無かったからといってエネルギーを2年分蓄積できるわけではないから例年通りですよ。

(終わってみたら、「2年ぶり」は体にこたえるという実感だけが・・・)


Q.おまつりに望むことは?

A.私らにしてみれば、祖父母が生まれる前から続けてきた祭。子や孫の代よりもっと後まで、極力同じ形で残せるのがイチバンいい。その意味で、現在の私らは上から下へのつなぎ。簡単に形を変えたり、中止したりしてはいけないと思う。




 とまぁ、こちらも凧前の記憶は、はるか昔のような感覚で、記者さんの質問内容・回答したことなどはだいぶアヤフヤです。とくに何を質問されたのかあまり覚えていない。




 「3日の特集に掲載できるかと思います!!」



 といわれたのですが。

 どうも、採用されなかったみたい・・・。



            (善)



 電話でのやり取りで、さらに載らなかった。・・・となると、取材を受けたこと自体が記憶違いだったりして。







(写真はイメージです)

2011年6月23日。「中止」後の浜松まつり総会終了直後。可美公園総合センターにて。


我が頭髪の後退ぶりに驚いた1枚。  

Posted by 浜松凧揚祭研究会 at 01:44Comments(0)TrackBack(0)記事

2012年05月14日

盛り上がって・・・

こんばんは。


 10日前は5月4日。イチバン盛り上がっていた頃でしょうか。



 「盛り上がる」とは、「お祭り気分が盛り上がる」ということですね。




 その意味で。


 2日の前夜祭。
 この開始直前の興奮がイイ。前夜祭が始まるその直前。
 自宅で正装して鉢巻と帯を締めたときの高揚感。最後の冷静な瞬間かも。そして始まった直後の興奮。


 4日の晩。
 期間の真っただ中にあって、この辺が最高潮。


 5日の晩。
 今日で終わり、明日はもうないぞ、というヤケ気味な最後のエネルギー。



 いわゆる「盛り上がる」ポイントとは、この辺かなァと思うのです。


 特に4日5日は「中央に出る日」ですから(中央の方々には関係ないのかもしれませんが)、わりと人が集まった・・・という実感がありました。


 でも最近は、6日が平日だったりすると、明日仕事なので・・・などとキョーザメな雰囲気で5日の人が減ったり。特に遠来のメンバーね。
 もっとも、キョーザメなのは、期間中に抜けなければならないご当人なのでしょうが。




 
          (善)


イメージ写真



 でもワタクシ、10日前には既にお疲れモードの寝汗ビッショリかきはじめており・・・。  

Posted by 浜松凧揚祭研究会 at 23:37Comments(0)TrackBack(0)祭の風景

2012年05月09日

5月定例会

こんばんは。


 業務連絡です(?)。



 5月定例会

5月26日(土)14:00〜 です。



 内容の詳細は後ほど伝達いたしますので。


 逆に何かあればご連絡ください。



            (善)



  

Posted by 浜松凧揚祭研究会 at 22:50Comments(0)TrackBack(0)メンバー

2012年05月07日

お疲れさまでした

2012年の凧揚祭が終了しました。




 2日の晩は雨。3日の午前も雨。3日午後は無風→微風。4日は暴風。5日の午後にようやく合戦向きの風。


 4日の風は酷かった。凧なんか揚げくるな!!と言わんばかりの天気。




 とまあ、天候だけでもずいぶん回想ができそうですが。


 天候だけは、その前後をみれば、・・・1・2日は雨・雨。6日午後にはなんと雹。今日も不安定。・・・前後の状況からすれば、イチバンいいところだったのかもしれません。


 これから、ボチボチのペースで、今年の余韻に浸りつつ、色々の話を綴ってまいります。




                         (善)







  

Posted by 浜松凧揚祭研究会 at 23:48Comments(4)TrackBack(0)時事

2012年05月02日

凧直前!!

こんばんは。

 今夜も不健康な時間にこんばんは。




 祭も直前になりますと、



店頭には季節のディスプレイとして提灯が飾られ、


(2012年4月28日、龍禅寺町 鈴木角平商店にて)



小屋から屋台が顔を出し、


(2012年4月29日、旅籠町にて)



私は某所に「拉致」されて、



楽しい会所を目撃し、


(2012年4月29日、中区某所にて)



さらに法被姿を目撃する。


(2012年4月29日、旅籠町 上海キッチンにて)



 あすも夕刻まで仕事のワタクシは、このブログの更新も凧前はこれが最後になろうかと思います。


 とりあえず、私も本年の組長の一人でありまして(昨年流された「不遇の組長会」の一員でありまして)、あすの晩からは大忙し。
 息つくヒマもない、キゼワシナイおまつりに邁進します。



 晴れなくてもいいぞ。雨が降らなければ良いのである。



 楽しい凧揚祭が迎えられることを祈念して。



 凧明けのブログで再びお会いしましょう。


            (善)
                 





 そして脳内は盛り上がり・・・

(某月某日某時刻、某所にて)  

Posted by 浜松凧揚祭研究会 at 01:34Comments(0)TrackBack(0)祭の風景

2012年04月29日

凧直前・・・

こんちは。



 いよいよ凧まであと少し。


 街を歩いても、凧を運ぶ姿や初凧を飾っている姿がチラホラ。




 この季節にしか見られない浜松固有の風物詩です。いいもんだ。



                (善)  

Posted by 浜松凧揚祭研究会 at 17:12Comments(0)TrackBack(0)祭の風景

2012年04月28日

中日新聞

いよいよ凧前!!という気分がイマイチ盛り上がらない私。



 でも、紙面は盛り上がり始めましたね。


 というか・・・今年はやけに凧関連の記事が少ないように思いませんですか?皆さん。



 本日は中日新聞の別刷りが入ってきましたよ。「浜松発行31周年特集」だそうです。その中に「浜松まつり特集」も。


 千歳町が取材されていました。


 この記事、近年になく「オオッ」と思いましたよ。



 というのも、なんと「初子」という造語が一言も用いられていない。


 実際、相当言葉遣いに注意しなければ書けないんじゃないか、と思います。


 久しぶりに違和感なく素直に読めた記事でしたよ。


                    (善)




 しかし今年は大活躍ですね組長。  

Posted by 浜松凧揚祭研究会 at 00:10Comments(0)TrackBack(0)記事

2012年04月27日

陣屋の配置

先日の「浜松まつり総会」で、いろいろな資料と共に、今年の陣屋配置図が配られました。



 「陣屋」は名のとおり、「凧合戦の戦場」である「凧場」のいわば「前線基地」。


 凧場に面して各組が陣取ったわけですね。


 陣屋は練兵場時代(1966(昭和41)年以前)には、四方に杭を打ち、旗を立てたものだったと聞いております。数少ない写真からもその様子がうかがえます。

 「凧揚祭」は「凧合戦」をメインに据えた祭だったから、そういう名前が自然とつけられていったのだろうと、想像します。



 中田島の現在地に移設されて以降、具体的な年代は判りませんが、現在のテントになった次第です。


 で、その陣屋も凧場に面してあった。南側、西側。参加組数が増えるに伴い、東側、北側と4方取り巻く形になっていったように記憶しています。


 ところが1990(平成2)年、浜松まつり本部は、陣屋を凧場南西側に制限、入りきらない分を駐車場部分へ配置しました。


 当時の新聞記事で、浜松まつり本部会長の栗原市長(当時)の案として報じられていたように記憶しています。違っていたらごめんなさい。


 1990年は大雨の年、3日の晩から5日の夕方まで降った年。NHK衛星放送の生中継が入った年。新参加町が10町も増えて、136町の規模になった年。

 このあたりから、それまでの風景が一気に崩れていったなぁと感じているところ。


 1995年には、すべての陣屋が駐車場部分へ押し出されました。


 数年前から、凧場内と駐車場部分と、再びローテーションされるようになりましたが。


                    (善)





小池弘編 写真集『浜松祭り』(IKE、1981年)より

1980年の凧場陣屋、南裏側より東北方面を撮影したもの。  

Posted by 浜松凧揚祭研究会 at 00:34Comments(0)TrackBack(0)歴史

2012年04月24日

脳内ますますの

こんばんは。



 急激に暖かくなり、というよりも暑くなり、いよいよ初夏の兆し。



 脳内はますます活性化してしまいます。




 そういえば、木々は新緑が目立ち始め、市内各所の中央分離帯のツツジも赤い蕾をちらつかせ、初夏の装いへ。



 そこでツツジの写真でもあれば気が利いているのですが、無し。



(しょうがないので脳内イメージ)

(2010年5月4日、撮影:M氏)



        (善)  

Posted by 浜松凧揚祭研究会 at 23:26Comments(2)TrackBack(0)祭の風景

2012年04月23日

脳内が活性化

こんばんは。



 凧まつりまであと10日。


 いよいよ、脳内でも「凧」の虫がウズウズと活動し始めました。



 運転中など、ふと気がつくと、5月2日の心配をしていたり、祈願祭の参道での練り方を考えていたり。


 すでにビョーキです。



         (善)







(脳内はこんな騒ぎ)

(2010年5月3日朝)  

Posted by 浜松凧揚祭研究会 at 23:33Comments(0)TrackBack(0)祭の風景