終了時刻ばかりではあるまい⑤

浜松凧揚祭研究会

2014年06月02日 23:04

中日新聞のWeb版に掲載されていた記事です。

「浜松まつり“お祭り騒ぎ”少し改善 苦情165件 4割近く減」
http://www.chunichi.co.jp/article/shizuoka/20140529/CK2014052802000272.html
2014年5月29日




 現在の「浜松まつり」実施区域(いわゆる「参加町」のエリア)は、所轄警察署が浜松中央署・浜松東署・細江署の3つ。

 その3警察署に寄せられた苦情件数が今年は165件で、昨年より100件減少した、というもの。


 記事の文脈を要約すると、

苦情件数が減ったとするが多いという警察の指摘
対策を講じようとする組織委員会(=旧「本部」)
自治会の対策事例
「騒ぎ」に悩まされる子育て世代の声





 何度も書いておりますが、「早く終りゃいい」という問題じゃない。

 最終的には住民間の理解の問題。

 「理解」というのは「文句をいうな」という押し付けではなく、お祭りのそものの性質や内情であったり、それに懸命に取り組んでいる青年役員の姿であったりするべきであります。

 これだけだと理解を求める側からばかりの「お願い」になってしまうわけで、もう一つ重要なのは、見せれるまつりをやっているかどうかということ。

 「10時に終わっちゃうなんて早すぎる」と当事者ではなく、周囲から言われるくらいに魅力的なまつりができているか、ということなのだと思います。理想論かもしれませんが。


 とにかく、
「初練りを潰されるかもしれない」
「自分らがやっていることを全否定されるかもしれない」
という、不安や恐怖心に負けて、本来あるべき姿を模索もせずに、短絡的に時間短縮してしまうのだけは避けたいものであります。


 練りの掛け声が黄色い声になっていないか、威勢のいい青年らしい声になっているか、すり足は揃っているか、法被は揃っているか、衣装が乱れていないか、ラッパの本数が多すぎやしないか、等々。

 「一般参加者」のみならず、役員も含めて、「本来の姿」はどんなもんだったか、見つめ直す機会にすべきであります。



            (善)

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