忘れえぬ年となり

カテゴリー │「浜松まつり」諸問題記事

2021年/令和3年もまもなく暮れようとしております。



 大変ご無沙汰しておりました。



 長らく書かなかったのは、私の怠慢が主な原因ではありますが。



 消化不良の案件をいかがしようかと悩んでいたこともあり。



 この年末という節目に、本年の状況を振り返ってみたいと存じます。




 今年は、新型コロナ禍2年目という状況で年が明けました。


 年明けから、「浜松まつり」を開催するのかどうするのか、という問題に揺れました。


 多くの批判を浴びながらも (中には的外れなものが多かったように思います) 。


 組織委員会≒本部は、「開催」を決断しました。


 結果的に「英断」であったと思います。感謝したい。




 ただ、これについてのマスコミの論調は、地域社会を見守る、という姿勢とはおよそかけ離れたものでした。


 以下、関連記事の抜粋を掲載して、記憶されるべき2021年・令和3年の締めくくりと致します。



 2021年 令和3年 大晦日       (善)





『静岡新聞』21年1月29日(金)26面
忘れえぬ年となり

『静岡新聞』21年2月19日(金)29面
忘れえぬ年となり

 このように、いたずらに不安を煽る内容が、一部の事実を織り交ぜながら展開されました。


 さらにこの「社説」。


 「社説」なので静岡新聞社の意思表示なんでしょうが。


『静岡新聞』21年2月25日(木)
忘れえぬ年となり

 記事1段目17行目
 「参加者はこうしたルールを着実に守って感染防止を徹底して欲しい」

 続けて
 「・・・委員長を務める鈴木康友浜松市長は・・・(略)・・・『全面中止もあり得る』との条件をつけた。当然だろう。・・・(略)」

 さらに3段目7行目
 「それでも、盛り上がった参加者が感染防止ルールを守らないのではと心配する声や、クラスター発生への懸念が寄せられている。ルールが破られた場合、来年は当該町を参加禁止にするといった厳しいペナルティーも必要だ」

 末尾には、
 「祭りに地域経済の活性化効果を期待する見方もある。だが、事業者支援は、市民に不安感を与えない方策を考えるべきだ」




 静岡新聞社は、「浜松まつり」からしてみれば、完全な部外者。

 その部外者が、担い手の当時の慎重な対応などは一切取材せずに。

 部外者の「心配する声」をさも拾ったかのような記事を書き。

 おまけに「ルールを守れ」などと。


 これを、組織委員会が、内部への呼びかけとして行うなら理解もできますが。

 部外者の静岡新聞が何を言うか、であります。

 「何様のつもりだ」

 との感想を持たざるを得ませんでした。



 マスコミはそれ自体が権力と言えます。

 論調を作り上げ、広く周知する力を保有しております。


 本来、地域に根ざす地方紙であるのなら。

 日本社会の沈滞するムード、経験のない感染症の流行の中。

 なんとか開催する道を探っている本部=組織委員会や各組の動向を見守るべきであり、根拠を示さない「心配する声」を披露し、我々担い手に対「ルールを守れ」などと説教されるいわれはないでしょう。


 およそ地域に根ざす地方紙のするべきことではない、というのが私の率直な感想でありました。


 挙げ句に、

『静岡新聞』21年4月24日31面
忘れえぬ年となり
『静岡新聞』21年4月24日1面
忘れえぬ年となり


 そしてまたもや、お説教。
『静岡新聞』21年4月28日19面
忘れえぬ年となり

 結束を呼びかけるべきは、内部の人間が内部の人間に向かって、でありましょう。

 部外者が何を言うか、であります。



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