2023年05月12日20:05
余韻に浸れ・・・
カテゴリー │浜松凧あげまつり
晴天に恵まれた今年の「凧」。
(「凧」とは凧揚げまつりを指しています)
天気には本当に恵まれましたが、風には恵まれませんでしたね。
特に5/5。
あの日以降、晴れた日は風がよく吹いている印象があるのですが。
あれから早くも1週間が過ぎ、余韻に浸りたい、、、ところです。
なかなかそうもいかず。
3年前に描いた「凧じるし画」の、未掲載作品でお茶を濁してみます。
令和2年5月10日、とメモがありますね。
こちらは、昭和59(1984)年の書籍『浜松凧あげまつり』に掲載された中で、浜松凧の伝統的画法を踏襲している新町内の凧印。
もうひとつ。
こちらも令和2年5月ごろ。
こちらは、浜松凧の伝統的画法とは一線を画す凧印。
スタイルが異なるので「ど難しかった」、という感じでした。
もういくつかのしるしがあるはずですが、どうやらここで力尽きた模様。
(善)
(「凧」とは凧揚げまつりを指しています)
天気には本当に恵まれましたが、風には恵まれませんでしたね。
特に5/5。
あの日以降、晴れた日は風がよく吹いている印象があるのですが。
あれから早くも1週間が過ぎ、余韻に浸りたい、、、ところです。
なかなかそうもいかず。
3年前に描いた「凧じるし画」の、未掲載作品でお茶を濁してみます。
令和2年5月10日、とメモがありますね。
こちらは、昭和59(1984)年の書籍『浜松凧あげまつり』に掲載された中で、浜松凧の伝統的画法を踏襲している新町内の凧印。
もうひとつ。
こちらも令和2年5月ごろ。
こちらは、浜松凧の伝統的画法とは一線を画す凧印。
スタイルが異なるので「ど難しかった」、という感じでした。
もういくつかのしるしがあるはずですが、どうやらここで力尽きた模様。
(善)
2014年01月19日00:57
あの感動を・・・
カテゴリー │浜松凧あげまつり
1984年は昭和59年。
なんと今から30年前なんですね。わきゃァない、というわけです。
『浜松凧あげまつり』(1984年、静岡出版)より 中表紙。
凧の地上からの距離・高さを見るに、開会式の煙火の直後でしょう。今まさに一斉に揚げ始めたところ。
凧の揺れ具合、凧の張りの強さ、尾っぽの量、旗のなびき方などを見れば・・・、
「こりゃ風ん強い日だな」と判るわけであります。
「通」の方ならイッパツで判ります。
この写真集があったおかげもあって、この年の記憶は長らく私の脳内に保存されておりました。
さらにこの年、私は熱を出して、5月3日の凧場を休んだのであります。人生で一度きり、凧場に行かなかった日です。
家の窓から1キロ先の上空の凧を目を凝らしては眺めたもんでした。イナカ育ちだったので。
そういうこともあって、記憶に残る年なのですが。
5月3日 快晴 西風 強風(ど強い)
5月4日 曇のち晴れ 西風 弱い(テギかければ揚がるよ)
5月5日 曇り時々晴れ 南西の風 弱い(テギかけても腕次第)
とまぁ、こんなように記憶が保存されております。
なので、写真をみて、「これ3日だな」とか、わかっちゃうんですね。
我ながらキチガイぶりを発揮してしまいます。
(善)
なんと今から30年前なんですね。わきゃァない、というわけです。
『浜松凧あげまつり』(1984年、静岡出版)より 中表紙。
凧の地上からの距離・高さを見るに、開会式の煙火の直後でしょう。今まさに一斉に揚げ始めたところ。
凧の揺れ具合、凧の張りの強さ、尾っぽの量、旗のなびき方などを見れば・・・、
「こりゃ風ん強い日だな」と判るわけであります。
「通」の方ならイッパツで判ります。
この写真集があったおかげもあって、この年の記憶は長らく私の脳内に保存されておりました。
さらにこの年、私は熱を出して、5月3日の凧場を休んだのであります。人生で一度きり、凧場に行かなかった日です。
家の窓から1キロ先の上空の凧を目を凝らしては眺めたもんでした。イナカ育ちだったので。
そういうこともあって、記憶に残る年なのですが。
5月3日 快晴 西風 強風(ど強い)
5月4日 曇のち晴れ 西風 弱い(テギかければ揚がるよ)
5月5日 曇り時々晴れ 南西の風 弱い(テギかけても腕次第)
とまぁ、こんなように記憶が保存されております。
なので、写真をみて、「これ3日だな」とか、わかっちゃうんですね。
我ながらキチガイぶりを発揮してしまいます。
(善)
2014年01月17日01:54
『浜松凧あげまつり』(1984年、静岡出版)の表紙。
スグレモノのこの本。1町あたりに1ページを費やして、83町を紹介しております。
なのですが、著者不明。
書籍など出版物というのは、それなりの費用をかけなければ作れません。その上、あとから書き換えるわけにもいかない。
というわけで、誰でも書けて、いつでも削除できるインターネット上の記述などよりも、はるかに情報としての重みがあります。
そしてその本が何モノであるかは、「奥付」(おくづけ)を見れば分かることになっています。
というわけで同書の奥付。
通常、資料として他の書籍などを引用する場合、
著者名(または編者名) 『 書籍名 』 ( 出版社、発行年 )
を明示するルールがありまして、ワタクシも則るように心がけているのであります。
しかしながら、この奥付によると、「静岡出版」が1984年に発行した、「文書サービス」が制作した、・・・というところまでしか判らんのです。
「静岡出版」というので「静岡新聞社」の関連かなァと思った時期もあったのですが、「協力」が「中日新聞東海本社報道部」となっていて、静岡新聞関連とも考えにくい。
「撮影」はその報道部の3人による、ということです。
浜松市立図書館のデータには、文書サービス編『浜松凧あげまつり』(静岡出版、1984年)とあります。
https://www.lib-city-hamamatsu.jp/licsxp-opac/WOpacMnuTopInitAction.do?WebLinkFlag=1&moveToGamenId=tifschcmpd
文章を書いた人が「著者」で、複数の著者による複数の文書をまとめた人が「編者」。
この場合、奥付の「制作:文書サービス」を、文書サービスが編んだと位置づけたのですね。
とはいえ、各町紹介の前に2つの寄稿文があり、その著者や文体などから、各ページの著者も想像もできなくもないのですが。
実は当時の事情やいきさつを知っているぞ、という方。情報お待ちしてます。ぜひ。
(善)
著者不明
カテゴリー │浜松凧あげまつり
『浜松凧あげまつり』(1984年、静岡出版)の表紙。
スグレモノのこの本。1町あたりに1ページを費やして、83町を紹介しております。
なのですが、著者不明。
書籍など出版物というのは、それなりの費用をかけなければ作れません。その上、あとから書き換えるわけにもいかない。
というわけで、誰でも書けて、いつでも削除できるインターネット上の記述などよりも、はるかに情報としての重みがあります。
そしてその本が何モノであるかは、「奥付」(おくづけ)を見れば分かることになっています。
というわけで同書の奥付。
通常、資料として他の書籍などを引用する場合、
著者名(または編者名) 『 書籍名 』 ( 出版社、発行年 )
を明示するルールがありまして、ワタクシも則るように心がけているのであります。
しかしながら、この奥付によると、「静岡出版」が1984年に発行した、「文書サービス」が制作した、・・・というところまでしか判らんのです。
「静岡出版」というので「静岡新聞社」の関連かなァと思った時期もあったのですが、「協力」が「中日新聞東海本社報道部」となっていて、静岡新聞関連とも考えにくい。
「撮影」はその報道部の3人による、ということです。
浜松市立図書館のデータには、文書サービス編『浜松凧あげまつり』(静岡出版、1984年)とあります。
https://www.lib-city-hamamatsu.jp/licsxp-opac/WOpacMnuTopInitAction.do?WebLinkFlag=1&moveToGamenId=tifschcmpd
文章を書いた人が「著者」で、複数の著者による複数の文書をまとめた人が「編者」。
この場合、奥付の「制作:文書サービス」を、文書サービスが編んだと位置づけたのですね。
とはいえ、各町紹介の前に2つの寄稿文があり、その著者や文体などから、各ページの著者も想像もできなくもないのですが。
実は当時の事情やいきさつを知っているぞ、という方。情報お待ちしてます。ぜひ。
(善)
2014年01月15日00:43
『浜松凧あげまつり』1984年②
カテゴリー │浜松凧あげまつり
私が当時夢中に読みかじった『浜松凧あげまつり』。
この本が、どんなだったか、少々ご紹介します。
1984(昭和59)年当時の凧揚げ参加83町が、1ページごとに紹介されています。
こんな感じ。
五十音順なので相生町から始まって次が浅田町。
1メージの内に、町名、写真3枚、紹介文およびその見出し。
写真3枚はその1984年の3日間の内に撮影されたもの。
紹介文も凝っていて、
①浜松駅を基点とした位置
②町名の由来
③歴史
④凧印の解説
⑤参加人数や世帯数、揚げた凧の枚数など
が、簡潔に記載されております。当時の小学4年生にも読めました。
全町必ずしもこの構成ではないにしても、ほぼ同様の内容で、ちょっとした郷土誌を読むのと似た趣きがあります。
内容は、いささか疑問に思うところなどもありますが、そういうものとして受け止めれば良いでしょう。
歴代のパンフレットのことを思えば、ずいぶん丁寧な作りであります。
1町に1ページを充てること自体が大変珍しいことなのです。このまつりでは。
規模の大きさ故と理解してます。
なのに、残念なことに。
著者不明なのであります。
(善)
この本が、どんなだったか、少々ご紹介します。
1984(昭和59)年当時の凧揚げ参加83町が、1ページごとに紹介されています。
こんな感じ。
五十音順なので相生町から始まって次が浅田町。
1メージの内に、町名、写真3枚、紹介文およびその見出し。
写真3枚はその1984年の3日間の内に撮影されたもの。
紹介文も凝っていて、
①浜松駅を基点とした位置
②町名の由来
③歴史
④凧印の解説
⑤参加人数や世帯数、揚げた凧の枚数など
が、簡潔に記載されております。当時の小学4年生にも読めました。
全町必ずしもこの構成ではないにしても、ほぼ同様の内容で、ちょっとした郷土誌を読むのと似た趣きがあります。
内容は、いささか疑問に思うところなどもありますが、そういうものとして受け止めれば良いでしょう。
歴代のパンフレットのことを思えば、ずいぶん丁寧な作りであります。
1町に1ページを充てること自体が大変珍しいことなのです。このまつりでは。
規模の大きさ故と理解してます。
なのに、残念なことに。
著者不明なのであります。
(善)
2014年01月12日23:50
『浜松凧あげまつり』1984年
カテゴリー │浜松凧あげまつり
いつも凧印のデータを引用しているのがこの本。
文書サービス編『浜松凧あげまつり』(1984年、静岡出版)
親から渡されたこの本は、それこそ隅から隅まで読み尽くしました。それだけ、凧まつりの情報に飢えていたのです。
けっこうボロボロな表紙。
当時、凧あげ参加が83町となっており、新しい町内が急に増え始めたなーと感じた頃でした。
実際、前年の1983年に5町、この年に5町増えております。
そして、なぜかこの年、連尺町が載っておりません。何かの都合で凧場に行かなかったのでしょうね。
この頃まで、旧66町でも、凧は行くけど屋台は出さないとか、凧はやめて屋台だけとか、今年は両方やめとか、何かの事情・都合でやったりやめたりで、なかなか全町は揃わないものだったようです。
(善)
文書サービス編『浜松凧あげまつり』(1984年、静岡出版)
親から渡されたこの本は、それこそ隅から隅まで読み尽くしました。それだけ、凧まつりの情報に飢えていたのです。
けっこうボロボロな表紙。
当時、凧あげ参加が83町となっており、新しい町内が急に増え始めたなーと感じた頃でした。
実際、前年の1983年に5町、この年に5町増えております。
そして、なぜかこの年、連尺町が載っておりません。何かの都合で凧場に行かなかったのでしょうね。
この頃まで、旧66町でも、凧は行くけど屋台は出さないとか、凧はやめて屋台だけとか、今年は両方やめとか、何かの事情・都合でやったりやめたりで、なかなか全町は揃わないものだったようです。
(善)
2011年08月29日23:36
『浜松凧あげまつり』
カテゴリー │浜松凧あげまつり
懐かしい書籍を一つ。
『浜松凧あげまつり』(静岡出版、1984年8月)
表紙
中表紙
奥付には、以下のようにあり、一応「文書サービス」が編集ということでいいのかな。
発行:㈲静岡出版
制作:㈲文書サービス
印刷:東洋印刷㈱
協力:中日新聞東海本社報道部、
撮影:中日新聞東海本社報道部の3人の名前
1984年は私10歳(小学4年)。私にこの本をくれたのは祖父だったらしい。「らしい」というのは、私に手渡したのは親だったわけですが、のちに祖父の書棚からもっときれいな状態の同じ本がもう一冊発見されまして、ホントの贈り主が想像された次第。
イナカ育ちですから「凧」情報に飢えていたわけで、この本はむさぼるように読みました。
総カラーで96頁。当時の定価1300円(消費税なし)。
五十音順で各町1ページ。相生町から和地山町まで。
「昭和59年・参加83町全紹介」のサブタイトル通り、各町に1頁があてられ、写真が3枚。それもすべて同年の凧場で撮影したもの(一部に例外)。そして解説文。
解説文には、その町内のおおよその位置、世帯数、用意した凧の枚数、参加人数、町名や凧印の由来などが簡潔に記されております。
なにせ本物の凧の写真だから、凧じるしも一所懸命みながら練習しましたわ。
1984年はね。私がただの1回、カゼをひいて休んだ年(5月3日のみ)。
3日 晴れ 西風 すごい強風。
4日 曇り 西南西の風 強くないがテギかけりゃあがる風。
5日 晴/曇 南南西の風 弱風。テギかけても揚らん凧が多かった。
子供のころの方が、法被こそ着ていたものの純粋に観客だったせいか、よーく覚えているわけ。
まだ素朴で荒々しい雰囲気いっぱいでした。
(善)
『浜松凧あげまつり』(静岡出版、1984年8月)
表紙
中表紙
奥付には、以下のようにあり、一応「文書サービス」が編集ということでいいのかな。
発行:㈲静岡出版
制作:㈲文書サービス
印刷:東洋印刷㈱
協力:中日新聞東海本社報道部、
撮影:中日新聞東海本社報道部の3人の名前
1984年は私10歳(小学4年)。私にこの本をくれたのは祖父だったらしい。「らしい」というのは、私に手渡したのは親だったわけですが、のちに祖父の書棚からもっときれいな状態の同じ本がもう一冊発見されまして、ホントの贈り主が想像された次第。
イナカ育ちですから「凧」情報に飢えていたわけで、この本はむさぼるように読みました。
総カラーで96頁。当時の定価1300円(消費税なし)。
五十音順で各町1ページ。相生町から和地山町まで。
「昭和59年・参加83町全紹介」のサブタイトル通り、各町に1頁があてられ、写真が3枚。それもすべて同年の凧場で撮影したもの(一部に例外)。そして解説文。
解説文には、その町内のおおよその位置、世帯数、用意した凧の枚数、参加人数、町名や凧印の由来などが簡潔に記されております。
なにせ本物の凧の写真だから、凧じるしも一所懸命みながら練習しましたわ。
1984年はね。私がただの1回、カゼをひいて休んだ年(5月3日のみ)。
3日 晴れ 西風 すごい強風。
4日 曇り 西南西の風 強くないがテギかけりゃあがる風。
5日 晴/曇 南南西の風 弱風。テギかけても揚らん凧が多かった。
子供のころの方が、法被こそ着ていたものの純粋に観客だったせいか、よーく覚えているわけ。
まだ素朴で荒々しい雰囲気いっぱいでした。
(善)